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だれのための能なのか(2) |
文字ばかりの固い内容で、サイズも決して軽いとはいえない当ホームページにご来場頂 きましたこと、厚く御礼申し上げます。 構想から三年、周囲の人からは変人扱いされ、家族からは呆れられ、しかもデータの消 失や度重なる仕様変更といった紆(う)余曲折の末に、ようやく形らしくなりました。 そこでこの場を借りまして、第1回に引き続き、私が当ホームページを開設した理由な について述べさせて頂きたいと思います。 貴重なお時間を頂戴して恐縮ですが、当ホームページをご活用頂くための一助にもなる かと思われますので、ぜひご一読ください。 |
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前回の続きとして、能楽師でも、能楽研究家 でもない素人の私が、なぜこのようなホームペ ージを開設したのか、その理由を述べたいと思 います。 私は学生時代、ひょんなきっかけで能楽のサ ークルに入り、今日まで観能に出かけたり、謡 や仕舞を習ったりしているのですが、同時に、 前述のようにたくさんの”能楽アレルギー”の 人たちをつくってきました。 それは”分かる”ことばかりやってきて、演 能そのもののを”楽しむ”方法を考えたなかっ った私自身の責任であり、”分からなければ楽 しめない”という私の思い上がった理屈の押し 付けに他ならなかったのです。 つまり、どうせ能についてすべて分かるわけ ないのだから、演目の解説が入った入門書や式 次第、あるいは謡本を渡しただけ十分、後は自 分で勉強するか、それが嫌なら「感性で観ろ」 で片付けていたわけです。 しかし考えてみると、能を知らない人にとっ |
てその入門書を理解すること自体、どれだけ苦 痛を感じたことか。 シテ、ワキ、ワキツレ、橋掛、三番目物、ク セ、序ノ舞……、こうした普段、私たちが仲間 内で当然の如く使っている言葉でさえ、何度も 文脈を追うのを中断して、用語解説のページを 繰らなければならないのです。 それに輪をかけて、謡本の難しいこと。 ある入門書には、「あらすじや謡本を読み、 何番も見ているうちに、耳が馴れて分かるよう になる」といったことが書いてありますが、少 なくとも、今でも私が耳だけで理解できるのは 間狂言くらいですし、謡本を斜め読みしただけ では、ぼんやりと内容は理解できても、意味ま ではとれません。 進学校といわれている高校の国語の教師に見 せても、やはり同じでした。それほど謡本に出 てくる言葉、能の台詞とは修辞のかたまりで、 意味をとるのが難しいのです。 + |
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私はこうした「分からなければ楽しめない」、 「分からないのだからこの程度でいい」といっ た発想はとても危険であり、これが続けば能は この先、発展どころか存在さえ危いのではない かと危惧するようになりました。 これに対して、「勉強しないで感動を得よう とする方が横着」「分かる人や分かろうとする 人だけが来ればいいのではないか」という意見 も、私の周りにはあります。 しかし、本当にそうでしょうか? 今、私たちの身の回りでは情報インフラが発 達し、さまざまな権威や威厳が取り払われ、そ れを埋めるべく、新しい価値や方法論が生まれ ては消えています。 その中で、人はより多く楽しみやより多くの 利益を、より簡単に得ようとし、その結果、国 家さえ一日で傾きかけるのです。 六百年の歴史があるからといって、誰が能楽 |
は安泰だ、別世界なのだと断言できるでしょう。 人の嗜好を外れれば、能楽師がいくらいても、 能は廃れてしまいます。しかし、人の嗜好に合 致する限り、能楽師が減ることはなく、能も廃 れることはありません。 そのためには、能を知る人からも、知らない 人からも、支持を得られるようなやり方に変え ていくべきだと思うのです。 もちろん演能そのもので観客に媚びる必要は ありません。そんなことをすれば能ではなくな ってしまいます。 しかし、情報提供の方法、アプローチの仕方 は工夫できます。誰もが能を楽しむための情報 を、誰もが楽しめる形で提示するのです。 私にとってその具体的な第一歩が、インター ネットを利用した「謡の全文」と、それに対応 する「現代語訳」の掲載だったのです。 + |
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こうした私の考えは、冒頭に述べたように、 必ずしもすべての人たちにご理解頂けたわけで はありません。「謡本があるのになぜ、わざわ ざ全文を載せるのか」「CDにして売った方がい いのではないか」などのご意見を頂戴しました。 しかし、能楽堂へも行ったことのない人が、 どこで謡本を購入するか知っているでしょうか。 あるいは能を知らない人の何人が、私のCDを手 に取ってくれるでしょう。 金儲けを考えるのであればその方が正解なの かもしれませんが、パソコンに首っ引きになり 費やした時間的、肉体的コストを考えれば、そ れで小金を得ても空しさしか残らないでしょう。 ですから、私は不特定多数の人が気軽にアク セスできる、インターネットのホームページに、 無料で公開するという方法を選択したのです。 現在のところCD化する予定はありません(「ホ ームページでは使い勝手が悪いのでCDを作れ」 といった声が出てくるようであれば、その時に なって検討します)。 以上が、私がこのホームページを開設した理 由です。 今これをご覧になっていらしゃるあなたは、 |
私よりも何倍も深く能楽に対する造詣をお持ち の方かもしれませんし、今日初めて能楽という 言葉に触れられた方かもしれません。 しかし、どちらであっても私にとっては、私 の選択が正しいかどうか、ご判断を仰ぐ方の一 人に違いはありません。 もし今日、ここまでお読みくださって、多少 なりとも私の考えにご賛同頂けるのであれば、 今後もこのホームページをお尋ね頂き、このホ ームページを大いにご活用ください。そして、 ご意見やご希望をお寄せ頂き、より良いものに 育ててください。 また、企業や団体の担当者の皆様、わが国が 誇る文化の一つである能を、古典ではなく、生 きた芸能として残していくため、そしてこのホ ームページを存続させていくため、どうかご支 援ください。 薪能があるとマスコミで必ず使う「会場に集 まった人たちは、つかの間の幽玄の世界を堪能 しました」という、神秘主義的なごまかしは、 もうこのへんで卒業しようではありませんか。 + Tsuneyasu Kawasaki+++ | ||
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