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玄賓僧都(ワキ)は大和国三輪山の山中に住む、天下 無双の智者として知られた人物である。 その僧都の許へ、日々、シキミの花とお供えの水を持 って通ってくる女の里人(シテ)がいた。 僧都は女の信仰心に深く感心しながらも、身元の分ら ぬその女に、常々どこに住んでいるのか問うてみようと 考えていたのだった。そんなある日のこと−−。 秋も深まった寂しい僧都の庵に、女が訪ねてくる。 だが、この日はいつもと様子が違っていた。シキミの 花とお供えの水を届けた後、僧都に衣を一枚与えてくれ るよう請うのである。 理由も聞かず、快く衣を女に渡す僧都。だがそれを機 に、僧都は日頃不審に思っていた女の所在について尋ね てみることにする。 女は答えは次のようなものだった。 住いは三輪の里の麓近く。「三輪の山本恋しくは、と ぶらい来ませ杉立てる門」と古今集にも詠まれているが、 とても行けるような場所ではない、と。 そして女は、もし自分の話を不審に思うのならば、「 杉立てる門」を目印に訪ねて欲しいと言い残し、いずこ ともなく消えてしまう。 庵にやって来た所の者(アイ)から、件の女は五衰三 熱に苦しむ三輪明神であり、衣は衆生済度のために所望 されたものであろうと教えられた僧都は、真意を確かめ るべく、さっそく三輪の里を訪ねることにする。 だが、僧都の庵からほど近い距離とはいえ、杉の木立 が生い茂る三輪の里には、目印の「杉立てる門」も見え ず、三輪明神の社さえ分からない。 と、僧都は一本の杉の下枝に掛けられた衣を見つける。 僧都が女に与えたものだ。 衣の裾には、金色の文字で「三つの輪は清く清きぞ唐 衣、呉ると思うな取ると思わじ」(仏法の教えの通り、 衣は与えたと思ってはいけない、私も取ったと思わない) としたためてあった。 そこへ三輪の里を訪ねてくれた僧都に感謝する、三輪 明神(後シテ)の声が聞こえてくる。 妄執の罪に苛まれる明神は、その罪から解き放たれる ことを願い、日々、女の姿で僧都の許に通っていたので ある。 その明神に対して、僧都は「罪科は人間に生ずるもの。 明神は人間の心情を感知しようとした余り、ほんのちょ っと迷いが生じたのであって、それはすべて衆生済度の 方便である」と慰め、姿を見せてくれるよう懇願する。 やがて裳に烏帽子、狩衣の姿で現れた明神は、「神代 の物語はすべて末世に生きる衆生に益するものである」 と言い、次のような自分の神婚説話を語り始めた。 昔、明神は大和国で長らく夫婦生活を送っていたが、 男の方はもっぱら夜しか通ってこなかった。 そこで明神は「なぜ、夜しか通ってこないのか。昼間 も同様に通って来て欲しい」と告げたところ、男は「自 分は人に姿を見られるのが恥ずかしいので、昼間は通わ なかったのだ。今後、夜も通うことはしない。契りを結 ぶのも今日限りである」と答えた。 だが、そうはいっても別れの悲しさ。明神は男の裳裾 の先に苧環の糸を縫い付け、男の帰る先を突き止めよう とする。 そして糸も延びきり、いよいよその糸を手繰って行っ てみると−−。何と、杉の下枝には恋しい男ではなく、 蛇がいるではないか。明神が契りを結んでいたのは、実 は蛇だったのである。 その側には三巻き残った苧環の糸。それゆえ、以後こ の地を「三輪」あるいは「三輪の印の杉」と呼び習わす ようになったのだという。 明神の話にありがたく聞き入る僧都。明神はそんな僧 都にさらに詳しく神代の話を伝えようと、天の岩戸伝説 を語り、天照大神を岩戸から出そうとして八百万の神々 が舞い遊んだという神楽を再現してみせる。 常闇に蔽われた時の嘆き悲しみ。天照大神が岩戸から 現れた時の喜びと、感激の余りに発せられた「面白や」 の言葉……。 そうした数々の神々の教訓をひも解くうちに、やがて 夜は白々と明け、僧都の夢も覚めるのであった。 |